竹林の小径 落柿舎

竹林の小径

今回は、『平家物語』の中でももっともよく知られた悲恋物語のヒロイン、小督(こごう)と、
ゆかりの地、嵐山について、ご案内いたします。
わたくしが担当する時は、有名なところに隠れて、つい見過ごしがちなものにスポットを当てて
みたいと思っております。お時間がある時の観光の参考にしていただければ幸いです。
小督は、宮中一の美女で、琴の名手。
寵愛していた葵前(あおいのまえ)が亡くなり、高倉天皇の悲しみがあまりに深いのを見た、
中宮の建礼門院徳子(平清盛の娘)は、天皇を慰めようと、小督を参らせた。
ところが、小督は平清盛の娘聟(むこ)、冷泉大納言隆房の恋人でもあったので、
清盛は高倉天皇と隆房の二人の聟を奪われたと激怒し、小督を殺そうとした。
そのことを伝え聞いた小督は、自分は高倉天皇の寵愛を受ける身、もし殺されたらふたたび天皇は深く悲しまれるに違いない、それは避けなければならないと、密かに身を隠してしまった。
以来、歎き、ふさぎ込んでいた高倉天皇は小督が嵯峨のあたりにいるらしいと伝え聞いた。
高倉天皇は側近の源仲国に、小督を連れ戻すよう命じ、嵯峨へ向かわせた。
百分は六千秒に如かず。
ここからは9月10日に嵐山を訪れた時の写真を見ていただきながらご案内いたします。

嵐電、四条大宮駅(らんでん。京福電車の愛称。今年100周年。)
京都プラザホテルから徒歩5分の「東寺東門前」から市バスで行けます。
この嵐山本線(四条大宮ー嵐山)7.2kmを22分で結びます。
嵐電 四条大宮駅 DSCF0352.JPG
嵐電のりば
嵐電 四条大宮駅 のりば DSCF0354.JPG
「琴聴橋(琴きき橋)」。渡月橋北詰を左に曲がってすぐ。
源仲国がこのあたりで駒(馬)をとめると、琴の音がどこからか聴こえてきたという。
仲国は笛の名手。小督と合奏したことがあり、小督の琴の音とわかったという。
嵐山 琴きき橋 DSCF0358.JPG
「琴きき橋」を背にして見た渡月橋。
琴きき橋 附近から見た 渡月橋 DSCF0381.JPG
渡月橋南側から見た風景。右端に「琴きき橋」が見える。
左端の京とうふ田楽の店を右に入ってすぐのところに、小督塚(供養塔)がある。
京とうふ田楽 お茶処 と 琴きき橋 DSCF0414.JPG
「小督塚(供養塔)」。このあたりに、小督屋敷があったのでしょうか。
小督の供養塔 DSCF0364.JPG

小督塚の横に立つ、小督についての駒札(謡曲 小督の旧跡)です。
小督の旧跡 DSCF0360.JPG
「小督塚」の案内図。道をたずねてもわからない方が多いと思われますので、
この図と上の写真を参考に、自主的に行ってください。
図の下の方の嵐山駅が、嵐電嵐山駅。上の方の嵐山駅は、トロッコ嵐山駅。
小督塚 案内地図 DSCF0386.JPG
「竹林の小径」(上の図では、「竹やぶの小径」となっています。)を歩く中国人観光客のグループ。
わいわい賑やかです。確かに中国からの観光客は多く見かけます。この竹林は、
天龍寺の北門を出ると、そこから始まっており、大河内山荘にいたるまでの小径(小道)です。
中国人観光客と竹林 DSCF0390.JPG
「野宮神社」近くの竹林。
芭蕉が小督屋敷を訪ねた時の句、『嵐山藪の茂りや風の筋』(嵯峨日記)も、当時は周りにあった
であろう、このような竹林を風がとおりぬけるようすを詠んだものでしょうか。小督の琴の音が
風にのって竹の中もとおって聴こえてくるようすも思い浮かべたのかも知れません。
野宮神社 附近の 竹林 DSCF0387.JPG
『落柿舎』。芭蕉は、元禄四年(1691)、48歳の時に4月18日〜5月4日まで落柿舎に滞留し、
その間に「嵯峨日記」を誌した。
落柿舎 DSCF0409.JPG
今年の紅葉は夏の猛暑の影響で、色鮮やか、ともいわれております。
京都 嵐山の見ごろの始まりは、11月16日ごろから、との予想だそうです。

9月7日「京都 清閑寺 小督 ゆかりの寺 紅葉」
5月1日「嵐山 天龍寺 京都五山 いつでも夢を」
4月7日「嵐山は、あるきやま!!」
のブログ(アーカイブス)もあわせてごらんいただけましたら幸いです。

長くなりましたが、それでは、このへんで。

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